米と農薬と酸性雨

 以下に記します話は今より二十数年前稲作農家の知人が農薬の被害を受け約十年間つらい左手関節痛と左片頭痛に悩んでいた時にその大変な病状を見て私が農薬の人体に及ぼす薬害について考え始めた様々な考察をまとめたものです。

 稲作に農薬が使われ始めて長い年月が過ぎております。現在の稲作りにはなくてはならない薬です。除草に最も広く使われており、これなくして作業は成り立ちません。手取り除草、機械除草など、少しながら存在しますが、わずかな一部農業家に限られています。それも大変な努力が必要となっており大多数の農家では行うことは真に難しいものです。また、病気の予防、治療にもなくてはならない状態にあります。虫の食害に関しても同じであります。どちらも壊滅的な被害が出るのでありますが、農薬により予防され、発生が抑えられております。

 このようにして米を生産するにあたり必要不可欠な存在にあるのですが、また一方で人的に好ましくない存在でもあるわけです。すなわち、植物を枯らし、昆虫を殺すわけですから人間に無害なわけはないのです。草を除き病気を止め虫を殺す。この状態で生育して稲はどのように変化してしまうのか。この内容を調べるために20年間の月日が過ぎました。一部では成人病の元凶のごとく、また、糖尿病の人々の食事には米は食べないとか、日本人の食生活を支えてきた米がこのような有様です。

 この状況の中で考えましたことは稲に大きな変化が起こっているのではないか。糖尿病は予備的な状態の人々と含めると2000万人とも2500万人とも言われております。戦後には数万しか患者はいなかったとも言われております。劇的に増加し今も増え続けている成人病、この治療に米を食べない食事を取り入れ、これが効果を挙げている人が多い。米に含まれている成分を摂取しないことで悪化が止まるわけです。そこで、米の栄養分の他にもっと重要なる米の基本的部分に原因があり、それが白米を食べる私たちの成人病の原因になっているのではないか、それはなにかと稲を作りながら考え続けてきました。

 自然農法、無農薬栽培などの方法の栽培で作りました米を食べますと、体調は確かに良好な状態になります。農薬を使用しないことによって稲は本来の持っている特性を十分に発揮して生育し実ります。

 すなわち、米は成人病の発生の原因ではないのではないか、農薬によって稲が大きな変化を生育中に起こしている、その変化した米を食べ続けているために体調を崩すのではないか。無農薬の米であれば薬にもなるのに、まして病気の原因にはなりません。この有農薬で栽培することによって起こる稲の変化はどのようなものか、様々に思いを巡らし考えてみました。

 農薬散布によって直接に変化を起こす細胞が多数発生しているのではないか、観察だけでは知ることのできない死滅もしくは異変、または活動しない細胞の存在、すなわち、稲が全く別の病気状態になっているのではないか、米の持つ性質を十分に蓄えられないまま収穫されているのではないか、本来持つべき養分が不足したままで食べているのだと思います。稲本来の完全なる姿で収穫を迎えてはいない稲が病気のまま実り米となっている、見た目ではわかりませんが不完全な稲穂だと思います。

 世間には残留農薬の有無を調べそれによって安全の基準を設ける方法もあります、残留無しが安全の基準では決してないのです。農薬を散布することの有無が安全基準になるはずです。さらに農薬の使用方法に記載されている内容を守りさえすれば安全のように言われておりますがそれは稲の内部の安全を言っているのではありません。

 私も時々農薬の残留の様子を調べています、今まで全く残留の数値は出ておりませんが安全な米であるとは思っていません。僅かではありますが除草剤を散布します、この時点で土の微生物は僅かに死に、植えたばかりの稲には被害を与えているはずです。生産性を考えて最小限の範囲での散布ですが厳密に考えると不完全な米であります。

 次に微生物であります。微生物なくして生物は(人間も含めて)生存は不可能であります。

 米には米として成立させている微生物の大群が存在します。多くは土壌より、また、空気より、水より、様々な状態が関係し稲の体内の中を動き、生育を助け、米として実る中心的役割を担っております。有農薬において第一に土壌の微生物の大変化が発生します。

 農薬は微生物の体系を一変させます、虫は激減し草は単一の種類しか生育しません、その結果土は固く締まり弾力性のなくなった水田となります。そこで成長する稲は決して本来の稲とは言い難い姿であります。農薬に強い微生物は残り強繁殖し、弱い微生物は死滅します。稲に重要とされる微生物はここで働きを弱められてしまい、十分な活動ができないのではないか。土壌の良悪によって植物の良不が決まるのは稲に限ったことではなく、すべての植物に共通することであります。

 その土が長年に渡り大量に散布され続けている農薬によって、もはや壊滅的な状況にあるわけです。土から有用な微生物が稲に入り、また土に戻り、生育中はこれを繰り返しているわけです。有用微生物だけではなく稲には不要なる微生物も存在するわけですから、当然のこととして不要なる微生物も稲に出入りするわけです。農薬はこの不要な微生物を大量に増加させている可能性があります。すなわちバランスの崩れです、有用無用共に必要なのですがこれが崩れるのです。

 稲の生育を助け、米本来の養分を蓄えるための微生物が全く不足した状態のままに収穫されているのではないか。人間に例えれば人体に存在するホルモン、人体ホルモンなくして体機能は十分に働くことはできないはずですが。頭の上から足先までなにかしらホルモンの作用が及んでいるはずです。(医学は無知でありますので誤知の許しを)

 この土壌汚染からくる微生物の生態の変化が米の成分内容に大きな異変をもたらしていると見ています。秋の収穫を終えましても正常な秋の草花が何も見られない水田は正常でしょうか。そこに正常な米は収穫されるでしょうか。重要な問題を抱えたまま稲は栽培されております。また、人はそれを食べ続けています。さらに米を食べることによって人体にたくさんの微生物が入ってきます。すなわち人体に有効な微生物を食べ続けているわけです。なくてはならない微生物です。
 私の直感での話であります。日本人が米を食べ始めた頃より米と一緒に体内に入り人体を支える役割をしてきたのだと思います。それが戦後に農業は大変化の時代に入ります、機械化と農薬農法です、この変化と共に成人病が増加し始めるのです、今までにない食事の内容に変化し始め、今まで食べたことのない米を食べ始めたのです。農薬によって内容の変化している米をです。人体はこの農薬米についていけないのです。

 以上のような根本的問題が稲作に生じております。私も稲を作り続けて50年近くになります。手を打つ状況ではなく、出来るだけ農薬を減らすのが限界であり、せめてと思い、化成肥もすべて有機肥に変え、微生物の増殖を十分に促す土づくりに注意を払い、小面積ではありますが無農薬も行い手の限りを尽くしておりますが、焼け石に水の様であります。

 ただ一つ可能性ありと感じていることがあります。現在の広く作られている稲の品種ではなく、少量の農薬の散布であれば稲本体の細胞に影響を受けない稲の品種の開発であります。品種間の人為的交配では全く不可能であります。しかし、自然状態の中で自然の力による突然に変異してくる稲に可能性あり、と注目しております。

 人知の及ばぬところに自然の交配があります。食味を競うような現在の配合など稲の本質から見ますと得るものはなく、語る言葉もありません。農薬の有無に影響されることなく稲本来の性質を十分に発揮して収穫できる稲の出現はあるのか、栽培にどうしても農薬は必要なわけですから、その環境の中で性質を失うことなく生育する稲の出現はないか、深く考える所です。

 自らの農場、及び数々の山間地の稲を見てまいりましたが、僅かな希望を持てる状況に達しましたことは確かであります。主食をもって病を誘発させることなど真に嘆かわしく、主食こそ健康の基本といえる状況が来ることを願うものであります。主食米には体を支える成分が十分に含まれているべきです。舌先で感じる食味など二の次、三の次の話です。

 私の稲の開発状況がどのようなものか後日その内容を語ることと致します。